医療職者のための



危機モデル



  1. 危機モデルとは
     実際の臨床場面で危機理論を用いる場合には、危機モデルを使って対応するのがわかりやすいと思います。危機モデルというのは、危機の過程を模式的に表現したもので、危機の構造を明らかにし、援助者が何をすべきかを示唆するものです。これまで日本では、フィンク(Fink SL)の危機モデルの活用が極端に多いのですが、そのほかにも多くのモデルが提唱されており、各々の特徴を踏まえて臨床に適用するべきです(下表)。
     これらの危機モデルの多くには、対象の共通する行動を見いだすことができます。ある危機的状況(あるいは危機に陥るような脅威的出来事)が発生した最初の段階では、自己防衛的で情緒的な対応をすることが多く、回復していくにつれ問題志向的な対応が優位になってくるということです。

  2. 危機プロセスの種類
     コナー(Koner IN)は危機のプロセスには2つの種類があると述べています。1つは、はじめは有効に対処していたが、ストレスが長期化するに至って危機的状態へと陥る消耗性の危機(exhaustive crisis)、もう1つは、時間的な準備がなく、突然の社会環境の変化や突発的な衝撃的出来事で、それまでの対処機構では対応できない危機的状態に陥るショック性の危機(shock crisis)です。この区別に従うと、消耗性の危機として危機に至る過程に焦点を当てた危機モデルは、アギュララとメズィック(Aguilera DC & Messick JM)、ゴーラン(Golan N)などのモデルであり、ショック性の危機に陥った状態から適応へと至る過程を記述した危機モデルは、フィンク(Fink SL)、ションツ(Shontz FC)、コーン(Cohn N)、ドゥリン(Dlin BM)、フレデリックとガリソン(Frederick C & Garrison J)、キュブラーロス(Kubler Ross E)、山勢などのモデルに分けることができるでしょう。従って、臨床で危機モデルを用いる場合には、その患者が危機のどのようなプロセスを経ているのかを判断して、それにふさわしいモデルを選択して活用する必要があります。

  3. フィンクの危機モデルについて
     危機理論あるいは危機モデルというと、多くの方がフィンクの名を思い浮かべるように、日本ではこの危機モデルは最も有名なモデルとして知られています。急性期領域はもちろんのこと、その他の多くの看護場面で活用され、看護研究の概念モデルとしても採用されています。
     それほど有名なモデルでありながら、フィンクのモデルの内容を正確に理解している看護師はあまり多くいないように思います。危機理論を教える看護教育者も同様です。また、危機理論の創設者はフィンクであると思っている人も少なからずいます。多くの誤解と歪曲が存在しているモデルでありますが、その特徴をまとめると以下のようになります。

    ・4つの段階プロセスモデル
    ・外傷性脊髄損傷によって機能不全に陥ったケースの臨床研究から
    ・喪失に関する文献研究から
    ・障害受容に至るプロセスモデル
    ・ショック性危機にある場合のケースを対象
    ・マスローの動機づけ理論を土台にしている
    ・実証的研究や幅広い領域からの検証を受けていない

     この理論モデルは、外傷性脊髄損傷によって機能不全に陥ったケースの臨床研究と喪失に関する文献研究から成っています。対象はショック性危機に陥った中途障害者を想定しており、障害受容に至るプロセスモデルとして構築されたものです。
     理論的なキーワードとしては、リンデマンの悲嘆のプロセスとマスローの動機づけ理論(ニード論)をあげていいと思いますが、フィンクのモデルを紹介した文献やフィンクのモデルを用いた研究で、どれだけこの“悲嘆”と“ニード”が出てきているでしょうか? ほとんど無いと言っていいのではないでしょうか。
     フィンクの危機モデルは、ショック性の危機でしかも身体に障害を残した患者がいかにそれを受容し適応していくか、ということをモデル化したものです。ところが、日本ではこのモデルを自己解釈し、様々なケースに用いていています。医学中央雑誌でフィンクのモデルを用いたと思われる看護研究を検索してみると、2000年で18件、1999年で19件、1998年で15件ありました。その内容は、癌患者、ストーマ造設患者、在宅酸素療法を受けている患者、網膜症患者、食欲不振児などを対象としたもの、術前から術後にかけての患者の心理プロセス、障害児の母親や癌の告知を受けた家族の心理プロセスなどを記述したものでした。このようにあまりにも多種多様な場面でこのモデルが使用されているのを見ると、まさに危機概念と危機モデルの適切な活用に対する危機感を感じざるを得ません。
     フィンクの危機モデルは、その後に実証的研究や幅広い領域からの検証を受けているわけではなく、このモデルを使った研究は欧米では皆無と言っていいほどです。フィンク自身も、「夫婦関係における妻の身体障害について」、「多発性硬化症の身体的・知的な変化に関する研究」、「知能測定に関する研究」といった論文は見つかるものの、危機モデルに関する論文はその後1件も存在していませんでした(MEDLINE上の検索で)。
     このように、フィンクのモデルは日本ではメジャーなモデルかもしれませんが、あまりに傾倒しすぎると、理論とモデルの持つ落とし穴に入り込むことになります。もしフィンクがこの日本の現状を知ったら、きっと嘆くに違いありません。ぜひ、原点に返って適切にモデルが活用されることを望みます。

危機モデル 危 機 プ ロ セ ス 特    徴
キャプラン 緊張のうちの発生→緊張の高まり→急性の抑うつ →破綻や病的パターンの発生 危機状況から精神障害へのプロセス
4〜6週間で何らかの結末を迎える
フィンク 衝撃→防御的退行→承認→適応 マズローの動機づけ理論に基づく
危機から適応へ焦点を当てる
脊髄損傷患者を対象とした研究
ションツ 最初の衝撃→現実認知→防御的退行→承認→適応 フィンクのモデルに類似
危機状態のプロセス
乗り越えがたい障害との直面
コーン ショック→回復への期待→悲嘆→防衛→適応 突然の身体障害を受けた患者
障害受容に至るプロセス
アギュララとメズイック 均衡状態→不均衡状態→均衡回復へのニード→バランス保持要因の有無→危機回避あるいは危機 系統的な問題解決過程の適用
危機あるいは危機回避に至る過程
バランス保持要因の重要性
ゴーラン 危険な出来事→脆弱な状態→危機を促進する要因→危機が顕在化する状態→再統合または危機の解決 危機に至る過程に重点を置く
均衡状態を失った状態から再び均衡を取り戻す過程
ドゥリン ショック→自己防衛のき損→前共同生活的→共同生活的→共同生活的合一の決心→病前人格への復帰 心臓手術後の心理的プロセス
フレデリックとガリソン 衝撃の段階→英雄的な段階→幸福の段階→幻滅の段階→再建、再結成の段階 偶発的な危機のプロセス
災害に対する反応
キュブラーロス 否認→怒り→取り引き→抑うつ→受容 死にゆく患者の心理的プロセス
死の受容過程
山勢 受動的対処→情動中心対処 →問題中心対処→適応 個人のコーピングに焦点を当てる
救命救急センターに入院した患者を対象