医療職者のための



危機理論・モデルの問題点



  1. 危機モデルを活用するときの問題点
     実際の臨床場面では、特定のモデルが説くような段階を経て危機を乗り越えていく患者もいますが、そのモデルでは説明の付かない患者の反応に翻弄されることも多々あります。例えば、フィンクのモデルでは、防御的退行の段階と、承認の段階での援助のあり方は、一方はそっと暖かく見守る援助であり、他方は力強く励ますことが重要だとされています。まるで正反対とも言える態度をとることを援助者は要求されるわけで、そのために個々の段階の境界を見極めることが必要となります。ところが、承認の段階で防御的退行の段階に後戻りすることもあるわけで、援助者側も混乱してしまいます。
     危機モデルを臨床で適用する場合、個別性を際立たせることよりも、そのモデルに合致させようと一定の鋳型にはめ込む傾向も見られます。すなわち、モデルを“使う”のではなく、モデルに“使われる”という現象が起きているのです。患者は自分自身の独特な病歴を持っていて、その条件の中で現在遭遇している様々な状況の個々の特定の部分にどう対処したらよいのかを模索しています。したがって、一人一人の患者にとって、それぞれの病状がどのような意味を持って関わっているのかを明らかにしていくためには、疾病・外傷によってもたらされる危機的状況というものを、個々の患者を充分アセスメントして理解していかなければならないでしょう。
     また、一つのモデルを理解し、それによって患者の心理状態が理解できたとしても、実際に危機介入という援助(看護では日常生活援助を含めたナーシングスキル)ができずに患者の適応を促すことができなければ、モデルを適用した看護活動とは言えません。ある患者の心理状態を「防御的退行の段階にある」とか「同一化の防衛機制である」などと、言語化してわかったつもりになることはできます。しかし、その理解が患者への看護介入に生かされず、単に看護者の自己満足で終わっているとすれば、それは患者との援助関係に生じる葛藤に対する“知性化”という看護者自身の防衛機制に他ならないのです。
     モデルを適用させる目的は、患者を理解し、患者に近づき、患者の抱えている問題を明らかにし、患者への介入方法を方向づけ、最終的に患者の回復や適応を促進させることです。決して、看護者の満足のためにあるのではありません。

  2. 危機モデルを用いる場合の注意点
     臨床で危機モデルを活用する場合は、まずそのモデルの構築された背景を知ることが大切です。モデルの妥当性と信頼性はどうなのか、そのモデルは実証的に検証されているものなのか、どんなケース、どんな場合に用いることができるのか、土台となっている理論や概念は何なのか、などしっかり理解した上で活用すべきです。
     また、実際の患者や家族はモデルから逸脱するのだということを常に念頭に置くべきです。モデルに合致しないところがあったら、そこをしっかりアセスメントしましょう。そして、途中でモデルから逸脱していると考えられるのであれば、潔くモデルを捨てることが重要です。対象の現実の姿をしっかり観察し、モデルの枠組みという色眼鏡のみで対象を見ないことです。モデルは、実際の対象の姿に色づけをするためのツールなのだという謙虚な姿勢が必要です。